海外へおでかけ @ ギリシャ・ローマ・パリ

HOME>> ギリシャ・ローマ・パリ (1994.03.01〜03.08) >>


ふら夫婦にとって20世紀最大のイベント(こちらの右下の写真)を無事完遂した自分達への御褒美として、イベントの肉体的/精神的疲れが残っているにもかかわらず、ギリシャ・アテネ,イタリア・ローマ,フランス・パリへおでかけしたときの日記です。(いわゆる新婚旅行というやつですね

■おでかけルート
 成田→バンコク→アテネ
 アテネ→エーゲ海の島々(エギナ島→ポロス島→イドラ島)→アテネ
 アテネ→ローマ
 ローマ→パリ
 パリ→アテネ→バンコク→成田
オリンピック航空(ギリシャ)
(エーゲ海クルーズ船)
(オリンピック航空)
アリタリア航空(イタリア)
(オリンピック航空)

新婚旅行と言えば、のんびり・べったり・あつあつ・「あなた、あーんして」というもの(偏見度100%)。だがこの過密日程で疲れまくりのふら夫婦。「夜のむふふ」をする元気もなく2人ともバタンキュ〜(笑)
しかし、なんにでも興味を持ち、向学心の固まり(嘘)であるふら夫婦は、ギリシャ/古代 〜 イタリア/中世 〜 フランス/近代 と時系列的に回ったことが、「義務教育で得ていた点的/断片的知識が、線的/面的知識に広がった」と真面目な感想を口にする。すごいぞ、ふら夫婦!(謎)


オリンピック航空 ヨーロッパへの空路は、廃止の噂されていた南回りルート のオリンピック航空で成田〜アテネ20時間のフライト。 行くときは、ビジネスクラスにシートチェンジ(ラッキー)で快適、だが「これでもか」と出てきた3度の機内食で体がむくむ。

 (1度目)成田21:00出発後 (2度目)真夜中に経由地バンコク出発後すぐ
 (3度目)アテネ8:00到着前の早朝6:00にたたき起こされてすぐ

帰りは当然エコノミークラス(世の中そんなに甘くない)。機内食の味はというと、さすがギリシャの航空会社=「オリーブオイルこてこて」で飽き飽き。それを3食。旅が終わる寂しさ侘しさがいつもより身にしみた帰り足。。。

右の写真は、アテネ〜ローマで利用したオリンピック航空にタラップで機上するふら夫婦つま、「アップダウンクイズ」の優勝シーンを思いだす(爆)。思わず振り向いて手を振りたくなる気分になる。
※ 南回りは1952年に日本とヨーロッパを結ぶルートとして開設されたが、1967年にシベリア上空を通過できるようになり(所要時間1/2)、その後1991年の湾岸戦争で南回りルートはほとんど撤退した。
最後まで残っていたのはエールフランス(フランス)・ルフトハンザ(ドイツ)・オリンピック(ギリシャ)、ふら夫婦が利用した11ヶ月後(1994年11月)にすべて廃止された。ちょっとセンチメンタル。


アクロポリスの丘 20時間のフライト後、ようやくギリシャ・アテネ(時差−7時間)に到着、さっそくフィロパポスの丘よりアクロポリスの丘を望む。
そこには二昔も前、学生時代の世界史の教科書で見たことがある風景が目の前に広がっていた。

上左側が前門、上中央がエレクティオン、上左側がパルティノン神殿、下がヘロディス・アティクスの音楽堂

パルティノン神殿は一見直方体であるが、実は緻密な計算のもと、垂直や平行線を使わずに、柱は内側に傾斜、中柱に丸みを帯びてふくらみ、上部にいくほど細くなり、床は中央部が盛り上がっている。そんな凝っているすごい建物だったということを知って2度感激!
(世界史の授業で、年号の暗記だけではなく、こういう興味が湧く話をしてくれればもっと授業が楽しかったはず)

オリンピック競技場 紀元前330年に作られ、1896年の第1回近代オリンピック会場となった「オリンピック競技場」。
そんな由緒正しいところで、スタンドを埋め尽くした5万人の歓声に包まれ(うそ)、まるで罰当たりなグリコのようなガッツポーズでゴールするふら夫婦おっと。

ギリシャの遺跡は、かなり根こそぎイギリスに略奪されロンドンの大英博物館にあるという。なんてこったい。
でも、冷静に考えるときちんと博物館に保管されているので結果としていいのか?、でもやっぱり略奪したんだから悪いことだよな、と自問自答するふら夫婦おっと。

アテネ市街は地中海性気候なのでからっとさわやかと思いきや、スモッグが発生して霞んでいた。古い車がたくさん走っているせいだろう。「とすると雨は酸性雨になっているはず、遺跡への影響はどうなっているのだろう?」とまた一人悩み続けるふら夫婦おっとであった。。。

ギリシャ・エーゲ海マップ エーゲ海・サロニコス湾の3島をクルーズしたふら夫婦。最初に寄港したアフィア神殿があるエギナ島はそう大きい島でないが、1827年〜1829年にギリシャの首都があったという。(意外!?)

ここでふら夫婦つま、大ピンチ! アフィア神殿で、遺跡の破片のゴミがコンタクトをした目にゴミが突き刺さり、エーゲ海の乾燥した地中海性気候のせいでなかなかとれない。どーする、つまあぁぁぁ。。。。

 教訓「エーゲ海 目にゴミ死ぬぞ コンタクト ちゃんと持ったか 目薬を」

ポロス島、いろいろな皮製品が(値切れば*より*)安い。つまはかわいいリュックを買う。おっとはでかいボストンバックを欲しがったが、つまの「何に使うの」との質問にしどろもどろし、後先考えていない衝動買いであることがバレ、結局買えなかった。(残念)

イドラ島 イドラ島の崖に張り付く家並みは、まさしくエーゲ海の風景。♪ BGM「魅せられて」 byジュディオング ♪

写真のロバは、車の乗り入れが禁止されているイドラ島での大切な交通手段。子ひつじがロバの背中の皮製バッグにいれられて運ばれるところも見かけた

クルーズ船のなかでは多国籍な観光客がギリシャの民族舞踊を見たり、音楽に合わせて踊ったりで楽しい。(でも延々やっているのでしつこい)

船の甲板にでて、風に吹かれていると、あることに気がつく。そう、いわゆる「磯」の香りがしない。答えは、エーゲ海に海草がないからだとか。
こういったガイドブックには決して載っていないようなことを、いろいろ教えてくれたギリシャ在住の国武さん、エフハリストー(ギリシャ語で「ありがとう」)


トレビの泉 イタリア・ローマは時差−8時間(ギリシャからは−1時間)。古代と現代が違和感なしに共存しているぞ、ローマ。

写真のトレビの泉もそう。ローマ市から数キロのところにあるトレビ地区を水源とし、1762年に完成。ポーリ候宮殿の壁の一部だが(皆さん知っていました?)、主役は「トレビの泉」。

テーマは、ギリシャ神話の海神ネプチューンが、半人半魚トリトーネあやつる海馬の引く貝殻に乗って、凱旋門から出てくるところ。二頭の海馬は静かな海と荒れた海、門の上の4人は四季を表わす女性像を表わすとのこと。

「後ろ向きでコインを投げ入れると再訪できる」伝説も有名。もちろんふら夫婦も願いを込めるが、まだ再訪できず。
 じゃあ、いつ行く?(おっと) お金あるの?(つま)
 ・・・(おっと) 

スペイン広場 暗がりの「獲物を狙うような鋭い目つき」の人々に囲まれて、スペイン広場でくつろぐ!?ふら夫婦おっと。明るい時でも人がたむろしていてちょっとびびったが、暗くなったら怖さ300%増(当社比)。その後、階段の上にある地下鉄の駅に向かってこの階段を昇る。恐いよ〜。

スペイン広場の正式名は、トリニタ・ディ・モンティ教会に通じる階段(135段)。名前の由来はスペイン大使館があるから。しかし階段の建築費はフランスの外交官が寄付したので、「フランス階段と呼ぶべき」という説もある。

ローマといえばやっぱり「ローマの休日」。新聞記者であろうはずがないふら夫婦おっとと、王女とは口が裂けても言っちゃいけないふら夫婦つまの2人だが、それでも気分はグレゴリー・ペックとオードリー・ヘップバーン。髪をショートにして、ジェラート食べて、ベスパに2人乗りして、、、と夢見るふら夫婦。

バチカンのサンピエトロ寺院 カトリックの総本山・バチカン市国のサンピエトロ寺院。とにかくスケールがでかい! 
周囲を囲む284本のドーリア式円柱、広場は405万人収容、上の聖人像は3.5m×140人、下に小さく写っている手すりの高さ(右下の矢印)が人の身長ということからも、そのスケールの大きさにびっくり。

市国の出入り口には、かのミケランジェロがデザインしたカラフルな縞模様の制服を着たスイス人(なぜ?)の衛兵が立っている。一見ミスマッチ、でもそのポップさがイタリアなんだと思う。

なごり惜しいローマを後にして、次のパリに行く為に空港行きのバスに乗る。そのバス運転手がまったくイタリア人。高速道路を飛ばしているのに、運転そっちのけで後ろの席のガイドと目をあわせておしゃべり、その間10秒、それも何回も (@_@! おい、ちゃんと前見て運転しろよ、まったく。


エッフェル塔をバックに集合写真 花の都パリの象徴、築100年高さ307mのエッフェル塔と記念写真をとるふら夫婦とそのツアー仲間たち。

新婚旅行あり(ふら夫婦のことね)、近い将来義姉妹になるという金沢のF姉妹(将来のだんな/兄は留守番)、1人での参加、熟年姑嫁コンビ、卒業買い物旅行の面々などバラエティにとんだメンバーを、男子1人という理由だけで引率係となったふら夫婦おっと。(添乗員がいなかったためしかたなく、でもそのおかげでモテモテだった>それは勘違い。byつま)

凱旋門のまわりはスケールの大きいロータリー。周囲から放射線型に12本の大通りが合流し、それぞれの車が3、4車線になってぐるぐる。私たちの乗ったパスが「スペシャルサービス!」と言って果敢にもロータリー中心部まで進入、数回ぐるぐる。これはすごい。慣れていないとか気の弱いドライバーなら永久に脱出できないのでは。

ノートルダム寺院のあるシテ島から、ソルボンヌ大学の学生街〜カルチェ・ラタンへふらふら散歩。目についたパン屋でクロワッサンをテイクアウトしたり、カフェでエスプレッソとタルト(という名のオムレツ)を食べたり。これではまるで新婚さんのラブラブデートみたい。>その通りやっちゅーねん。

途中、アラブの民族衣装の人を見かけ感嘆し、道のど真ん中にある公衆トイレに驚く(度胸がなく、試せず)。

あつあつなふら夫婦、by パリのとある公園 とある公園でアツアツ?ぶりを見せつけるふら夫婦。
 仙台にもなにげに愛を語れる場所がほしいな〜
 定禅寺通りとかを公園にしたらどうです >仙台市長

宿泊したホテルは市内中心部から地下鉄で20分、環状高速の近く、ポルト・ドゥ・モントルイユ地区。

まあ、市内に行くには遠かったが、隣に大きなスーパーマーケットがあったり(思わずお買い物するふら夫婦)、向かいには蚤の市※を行われている広場があったりで、気に入った。
 ※ モンマルトルの丘の「クリニャンクールの蚤の市」に匹敵する規模の「モントルイユの蚤の市」

移動は地下鉄の回数券(約80円/枚)を買って、地下鉄マップを持って、あちこちおでかけ。地下鉄では、車内の雑誌の物売りの声に緊張!

ルーブル美術館 世界最大級の美術館、ルーブル美術館。
歴代国王やナポレオンによって集められた30万点の展示品を所蔵する。超有名なところでは「モナリザ」「ミロのビーナス」。ガラスのピラミッドが美術館への入り口。
 仙台市泉区はパリだ!?
の噂の真相はこちら

夜は新婚旅行らしくシャンゼリゼ通りのキャバレー「リド」でレビュー&お食事、このためだけにわざわざおすまし用スーツ&びしっとした靴を持参していた(笑)

帰りはバスで市内あちこちのホテルを経由しながら、一番遠いふら夫婦のホテルまで送ってもらう。寄り道の分かなり時間がかかったが、車窓からパリ市街の夜景を堪能できたのでまあ満足。

ベルサイユ宮殿の庭 「朕は国家なり」と豪語したルイ14世により、現在のお金に換算して400億円、50年かけて造ったベルサイユ宮殿。造るきっかけが、豪華な館に住んでいた当時の財務長官にメラメラときて「あれより豪華なものを造れ!」という意地だけ。それで小さな狩猟地/小屋だったところをここまでするのだから、おそるべし。

中はもう悪趣味ともいっていい豪華絢爛さ。歴代王妃の寝室や、鏡張りのその名も「鏡の間」。第一次世界大戦に終止符を打ったベルサイユ条約が調印されたところでもある。

庭は元の地形をいっさい残さず、国土改造するという、自然に見えてぜんぜん自然ではない(でも数百年たっているのでなじんでいる)、フランス式庭園の典型。真正面の池の中央に夏至の日に夕日が沈むように設計されているとのこと。なにからなにまですごいところだ〜。


参考情報:
 当時(94/3)のレート:1ドラクマ(ギリシャ)=0.5円、100リラ(イタリア)=7.5円、1フラン(フランス)=18.5円


HOME>> ギリシャ・ローマ・パリ (1994.03.01〜03.08) >>
Copyright(C) ふら夫婦おっと 【 http://www.isn.ne.jp/~ym/